『イギリス海上覇権の盛衰 シーパワーの形成と発展 上』(ポール・ケネディ著、中央公論新社、2020年8月20日発行)

本書は今から45年ほどまえの1976年に最初に出版された。マハンの『海上権力史論』に基づきながら、批判的にイギリスのシーパワーの変遷を解説する本である。ようやく日本語版の登場ということになる。2017年の新版への前書きで21世紀の初頭の動向が追加されている。21世紀への変わり目はいうまでもなく中国とアジアが国際舞台の中心になっている。ヨーロッパがシーパワーを意にかけていないのに、アジア諸国が海軍に投資しているのは世界史の中で特筆に値するという。特に中国海軍の拡張は目覚ましい。

イギリスの海上覇権の盛衰は400年に及ぶが1945年に完結した。イギリスは戦いに次ぐ戦いで18世紀に圧倒的な世界帝国となる。1715年~1914年の200年が際立っている。

イギリスのシーパワーの黎明期は1603年まで。15世紀ヨーロッパ興隆の一つの要因は外洋船の発達と海軍の軍備にあった。スペイン、ポルトガルから始まり、オランダ、フランス、イングランドが加わる。イングランドは大陸と海を隔てていたという地理的な優位があり、海軍を発展させやすかった。また、良港、漁場、鉄鉱石、木材など資源に恵まれた。また冒険商人による海外への拡大意欲があった。イングランド政府(王室)による海軍の重要性の認識。宗教改革運動。ヘンリー7世(在位1485-1509)時代に王室造船所ができ、軍艦を建造開始。ヘンリー8世(在位1509-47)が王室海軍を創造した。エリザベス1世 (在位1558-1603)とドレイクらの提督の時代のスペインとの戦い:英西戦争(1585-1603)、アルマダの海戦1588年。

グローバルな交易と植民地支配を広げる。ジェームス1世(在位1603-25)の時代は海軍に関心を持たれなかった。海軍力の腐敗。しかし、ピルグリム・ファーザーズ(1620年)、マサチューセッツ湾会社(1626-29年)による米・入植地が始まる。東インド会社の商館があちこちにできる(1611-1639年)。貿易の拡大と入植地の増加。チャールズ1世 (在位1625-49)イングランド大内乱で議会は艦隊の待遇改善と規模の拡大を約束し、艦隊は議会側につく。海軍が国家政策の重要な担い手とみなされ、シーパワーの再構築となる。1651年の航海法でイングランドと入植地の貿易をイングランドの船に限った。クロムウェルの時代、第一次英蘭戦争(1652-54年)で海戦5回。スペインとの戦争(1655-60年)。王政復古・チャールズ2世(在位1660-85)。第二次英蘭戦争(1666-67年)で海戦7回、フランスがオランダに味方する。第三次英蘭戦争(1672-74年)では英仏が連携。王政復古後の時代は英国の貿易が急拡大。1688年名誉革命東インド会社を残して他の独占的な貿易会社は終わる。英国海軍は国家の軍事力となる。

1689-1756年フランスとスペインに対する戦い。1689年英仏戦争始まる(1815年まで続く長い戦争)。ルイ14世による1689-1697年の戦い。1713年までにフランスの商船隊も、フランス海軍もイギリスに挑戦する力を失った。

7年戦争(1756-63年)は最初の世界大戦。再興されたフランス艦隊、米国でインディアン・フランス同盟との戦い、フランスとオーストリアの同盟。イギリスとプロイセンの同盟でフリードリッヒ大王が良く戦う。ケベック獲得。1763年パリ条約。アメリカ独立戦争(1776-83年)ではイギリスは大陸に同盟国がなく敗北する。1789年フランス革命

1793年-1815年フランスとの闘争再び。革命フランスとナポレオンとの戦い。1805年10月21日トラファルガーの海戦で、ネルソンがフランス・スペイン連合艦隊に対して決定的勝利を得る。英仏の制海権をめぐる戦いは海外拠点と植民地をめぐる戦いでもあった。1812年ナポレオンはロシアで敗れる。

1815年から1885年はパクス・ブリタニカと呼ばれる。1845年のイギリス軍艦の配備は、本国35、地中海31、西インド諸島10、西アフリカ27、インドと中国25、ケープ10、南アメリカ14、太平洋12であった。

『金融工学の悪魔』(吉本 佳生著、日本評論社、1999年9月15日発行)

本書は、表題とは違って、金融工学を簡単な算数レベルで教えようというまじめな本である。内容は役に立つ実用的な考え方が盛り込まれている。

ポートフォリオ理論は、リスク資産を一つに集中させないで複数の資産をもつことでリスクを小さくする。資産を収益率の高さとリスクの大きさという二つの性質で性格付ける。リスクとは予想される収益率のばらつき。リスクと収益率の組み合わせをコントロールして効率的な資産運用を行う。

オプションとは、通貨・株式・債券などについて、ある期日に、ある数量を、ある価格で買う権利あるいは売る権利のこと。

買う権利ーコールオプション、売る権利ープットオプション

売買価格を権利行使価格(ストライク・プライス)、オプションの価格をプレミアムという。オプションは保険に似ている。 

コールオプションの買いは、買う権利(プレミアムを払うことで、通貨や株式を買っても買わなくても良いという選択権)があり、売りはプレミアムを受け取る代わりに相手が権利を行使したとき売る義務がある。買う人は有利な時に権利を行使するので、売る方は不利な時に売る義務を果たすことになる。

プットオプションの買いは売る権利(プレミアムを払うことで、通貨や株式を売っても売らなくても良いという選択権)があり、売りはプレミアムを受け取る代わりに相手が権利を行使したとき買う義務がある。

アメリカン・スタイルは満期日までならいつでもOK。ヨーロピアン・スタイルは満期日のみ権利行使できる。

オプションの価格は期待値で計算する。

先物取引は取引日よりも受渡日が先になる。契約条件をいま決めてしまう。取引所で規格化された条件の先物取引がフューチャー(通貨先物)。個別交渉で金額、受渡日を自由に決めるのがフォーワード。

為替予約は先物の一種。銀行と顧客の間の契約であり、フォーワードに分類される。先物のコストは金利である。為替予約は融資の一種ともいえる。

金利スワップは、信用度の異なる会社同士で金利だけを交換する。

ヘッジファンドは、グローバル型、マクロ型、マーケット・ニュートラル型の三つが代表的スタイルである。グローバル型は株式を中心に世界各国で資産運用する。マクロ型は世界のマクロ経済に注目し、株式・通貨・金利中心に運用する。マーケットニュートラルは類似性の強い資産の売りと買いを組み合わせてリスクを減らす運用スタイル。

マーチンゲールは最初は基本の賭け金で、負けた後の回は2倍の賭け金にする。勝ったら基本の賭け金に戻す。勝った回数×基本の賭け金の分だけ残る。

マーケットニュートラルは鞘取り。よく似た資産のうち、ひとつを売り、ひとつを買う。例えば、ドイツ国債を売り、イタリア国債を買う。するとリスクがゼロになるので、その金利差で儲ける。レバレッジを大きくする必要がある。ただし金融危機などで動きが変わると危険。LTCMの破産はこれが原因と考えられている。

輸出企業の通貨オプション戦略は、①なにもしない(円安で利益増、円高で損失増)、②ドルプットの買い(円安で利益増、円高で固定、プレミアムコストがかかる)、③為替予約(損益なし、予約コスト)、④ドルコールの売り(円安でプレミアム利益、円高で為替差損増)の4パターンになる。

プレミアムは、期待値+/- 金利差の半分。

ノックアウト・オプション、ゼロコスト・オプションは危険。

『パンデミックが露わにした「国のかたち」』(熊谷 徹著、NHK出版新書、2020年8月10日発行)

新型コロナウィルス(COVID-19)に襲われた欧州、主にイタリアとドイツの対応状況をまとめた本である。著者がドイツに住んでいるということで、ドイツの事情が比較的詳しくまとめられている。

イタリアで爆発的に広がった原因は、2月19日にミラノで行われた欧州チャンピオンズリーグの決勝トーナメント一回戦、アタランタベルガモとスペインのFCバレンシア戦という。人口12万人のベルガモ市から4万4千人のファンが試合を観戦しにやってきた。その後、ベルガモ市では新型コロナウィルス感染が広がった。当初は市民も、自治体首長達もウィルスの脅威を軽く見たため死者数が大幅に増えた。イタリア保健当局も、ベルガモ県での感染拡大に気が付いていなかった。ベルガモ市の封鎖は3月8日である。3月10日はイタリアで外出禁止令が敷かれた。

ドイツは感染者数は7月7日時点で20万人だが、死者数は9千人で比較的少ない。死亡率も低い。ドイツはPCR検査数が圧倒的に多い。ドイツ感染症研究センターのドロステン教授のチームが、COVID-19のPCR検査方法を1月16日に世界で初めて開発し、WHOに開示した。ドロステン教授はこれを全国、世界に公開した。これによって2月中旬までに検査を広範囲に実施できる態勢を整えた。4月19日時点でドイツの累積PCR検査数は173万件、イタリア131万、フランス46万、英国36万、日本16万である。ドイツは民間検査機関を認証して検査を委託することで検査数を拡大した。2020年5月で認証済検査機関250、900人の専門医、2万5000人の検査員がいる。(日本のPCR検査戦略は、当初は感染研が民間のリソースに頼らずに検査しようとした。)ミュンヘン郊外の自動車部品メーカーで1月下旬にクラスターが発生した。2月下旬のカルネバル(謝肉祭)の休暇で流行が拡大した。ドロステンは大流行を予見して政府に進言。ドイツのICUは欧州で最多。医療システムが崩壊することはなかった。

ドイツでは2012年のロベルト・コッホ研究所などによる「2012年防災計画のためのリスク分析報告書」でパンデミックを想定し、準備を進めていた。

3月上旬は企業のテレワークなど独自に始まっていた。政府によるドイツのロックダウンは3月18日にメルケルのテレビ演説があり、3月23日から実施。外出・接触制限令として。4月下旬までは支持率が高かった。メルケルの説明には論理性、わかりやすさ、透明性があった。しかし、5月に入って各州政府が解除に向けて走り始めた。5月16日ルクセンブルグ国境での検査廃止。6月15日にフランス、オーストリア、スイスとの間の国境検査も廃止。感染者増加にそなえて非常ブレーキ:実効再生産数、1週間の人口10万人あたり感染者増加数、病院のICUベッド稼働率の3項目。

ロックダウンは経済への悪影響が大きすぎる。ドイツのGDPは、2020年6.3%減少し、第2次大戦後最大の落ち込みとなる。コロナ緊急援助金は素早く支払われた。2014年以来毎年財政黒字を計上(G7で唯一)していたので、大きな対策が打てた。

新型コロナウィルスは夏場は比較的活動レベルが低いが、秋から冬にかけて再び猛威を振るう可能性がある。すぐには片付かない。日本とドイツの新型コロナウィルス感染症対応状況をみると国のかたちの違いが浮かび上がる。ドイツの場合、第2次大戦に至るまでのナチへの反省もある。

『確率・統計でわかる「金融リスク」のからくり  「想定外の損失」をどう避けるか』(吉本 佳生著、講談社ブルーバックス、2012年8月20日発行)

本書はボラティリティを中心にした運用リスク評価尾をシミュレーションを通じて理解してもらおうというものである。金融商品ボラティリティとは、変化率の標準偏差のことである。ボラティリティが大きい金融商品はリスクが大きいという。本書の金融商品とは主に仕組債のことのようだ。リーマンショックなどの際に様々な機関投資家が仕組債で大損を被ったのは、リスクの評価を誤っていたためというのが著者の考えである。

株価、日経平均や円相場などは、日次、月次の変化率の分布を調べると正規分布に近くなる。ボラティリティは時間によって変化するが、一般に、個別銘柄株価のボラティリティが一番大きく、次いで、日経平均、対豪ドル円相場、ドル円相場の順でボラティリティが小さくなる。一番小さなドル円ボラティリティは年率11%であるが、このとき1日に-1.3%下落する確率は4.4%となる。対豪ドル円相場のボラティリティは年率14%であるが、これだと1日に-1.7%下落する確率は4.4%である。日経平均は22%、-2.6%、4.4%である。対豪ドル円相場が確率4.4%レベルの下落は1週間-3.7%、1か月-7.5%、1年-24%となり、長期になるほど下落幅が大きくなる。期間を伸ばすと損失の規模がどんどん大きくなる。なので、資産運用において塩漬けの考え方は危険である。

現在売られている仕組債は、プットオプションを組み込んだものである。プットオプションとは、売り手は株価下落に備える保険を売っているようなもの。買い手はオプション料を払って、株価下落に備える保険を買う。期限が来て下落しなければなにもおきないが、下落した場合、売り手は保険金を払う。仕組債では、債券の買い手がプットオプションを売っている立場になる。期間中にノックインしたとき、無制限の損失が発生する可能性がある。個別株では他社株転換社債(EB債)、日経平均リンク債、などもこれに該当する。これらは、ハイリスク・マイナスリターン商品である。

銀行などではVaR(Value at Risk)という指標を使う。これはある信頼区間(例えば1%)での最大損失を計算したものである。長期投資ほど最大損失が大きくなる。一方、1%の信頼度での最大利益も大きくなる。しかし、最大利益は期間が長くなると逓減するので、1年あたりでみたときの利益は期間が長くなると小さくなる。つまり、長期投資はリスクが大きくて、利益が相対的に小さく、割が合わない。

資産運用では長期投資の方が利益を出しやすいと考えていたが、本書によると長期投資の方がリスクが大きいという。特に、仕組債では長期になると原本を大幅に割り込むリスクがある、ほとんどハイリスクマイナスリターンになっている、という。長期になるほどハイリスクになり、年率でみたときのリターンが小さくなるという指摘は、株式などの長期投資を推奨する一般的な(他の投資本にある)傾向とは完全に相反している。もう少し深く考察する必要がある。

このように本書の内容には目から鱗が落ちる思いをする箇所もある。結構難しいので本の売れ行きはどうかと思うが。

『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』(吉見俊哉著、集英社新書、2020年8月22日発行)

東京は、江戸幕府、明治政府、占領軍に3回占領されたが、街中に本書では昔から連綿と連なる歴史的な遺産を軸に東京北部を作り直そうという構想の元、7日間にわたって街を歩いてレポートする。

第一日は都電荒川線に乗って、鬼子母神から飛鳥山までを歩く。

第二日は秋葉原神田和泉町上野駅浅草六区スカイツリー

第三日は上野動物園寛永寺谷中霊園

第四日は谷中、根岸、山谷。

第五日は神田書店街から東京大学本郷、浅野、弥生キャンバス。

第六日は武蔵野台地東端の宗教施設としてニコライ堂カトリック神田教会、湯島聖堂神田明神湯島天神

第七日は神田川を舟で巡り、最後は大手町の平将門首塚へ。

自分が日頃歩いている地域でもあるので身近に読んだ。

単なる過去を思いながら街を歩くのではなく、未来に対して意欲的な計画をもっているのが良い。

 

 

『民主主義を救え!』(ヤシャ・モンク著、岩波書店、2019年8月28日)

ソ連の崩壊後、世界の支配的なシステムはリベラル・デモクラシーとなった。しかし、21世紀大西洋の両側でポピュリズムが勢力を増している。

デモクラシーが安定していた条件は次の三つがある。

・多くの市民は生活水準の向上を経験していた。

・特定の人種、エスニック集団が支配的であった。

・マスコミはエリートのものであった。

しかし、今、その条件が変化している。つまり、成長が止まり、市民は将来を悲観している。さらに民族的多様性が現実化している。また、インターネット、SNSの普及によりインサイダーとアウトサイダーの力関係が変わっている。

リベラルなデモクラシーが解体している。

・デモクラシーとは、民衆の考えを公共政策へと転換できる選挙制度や機関のこと

・リベラルとは、個人の権利や法の支配を実質的に守るもの

・リベラルデモクラシーとは個人の権利を守る一方、民衆の考えを公共政策へと転換する。

この数十年間、世界中で起きているのは非リベラルなデモクラシーと、非民主主義的な権利である。

権利無きデモクラシー。ポピュリストは簡単な解決策をアピールする。ポピュリストは民主主義をより強化すると主張する。ポピュリストは一旦政権に着くと、独立した機関や制度を批判する。トランプがメディアを攻撃し、司法機関を攻撃する。

リベラルな民主主義から非民主的なリベラルへ。その例はEU。法を作る官僚機構。アメリカのFCC、SEC、EPA、CFPBなどの専門機関。中央銀行も。国際条約、国際組織。

民主主義の瓦解。

起源は、ソーシャルメディア、経済の停滞、将来不安、アイデンティティナショナリズム多元主義への反旗。移民によるアイデンティティの喪失への不安。

ナショナリズムを飼いならす必要がある。

経済の立て直し、市民的徳を刷新する。

リベラル・デモクラシーの時代に幕が引かれるかもしれない。それに対して戦う必要がある。

 

 

『AI vs. 教科書が読めない子供たち』(新井紀子著、東洋経済新報社、2018年2月15日発行)

『AI vs教科書が読めない子供たち』を千代田図書館で予約したらなんと55番目。順調だと順番が来るのが2年先になりそう。ということで、自分で購入した。

本書では前半は、東ロボプロジェクトの経験に基づくAIでできること、できないことについて述べている。

AIは基本的に、計算、確率、統計という3つの方法を利用している。東ロボは、2015年世界史で偏差値66.5となる。数学は模試で偏差値76.2となる。ホワイトカラーの仕事がAIに奪われる。

しかし、東ロボ君は、国語と英語ができない。原因の一つは常識がもてないため。いまのAIの延長では偏差値65をこえることができない。つまり、AIには意味を理解できない、という限界がある。AIでできない仕事は残る。

では、人間はどうか? 大学生数学基本調査で、大学生の数学読解力を調べてみると非常に低い。例えば、偶数と奇数を足して奇数になることを正しく説明できない。正しく説明できるのは、国立で偏差値の高いSクラスのみで、他のクラスでは誤りの方が多い。大学に入学できるのは論理的な読解力と推論の力による。

リーディングスキルテストを作り、基礎的読解力を測定する。短期間でかなり受験された。教育現場においても危機感があるようだ。基礎的読解力は人生を左右する。

基礎的読解力を高める希望はある。まだ、具体的な方法ははっきりしていない。

ちなみに本書に出ている問題すべて自分で解いてみたら、1問だけ間違った。どうやら、論理的な推論の力が弱くなっているようだ。反省して努力しないと。