『事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット著、白揚社、2019年8月30日発行)

本書は人間の脳を研究する心理学者の観点による説得力や影響力に関する知見集である。実践的にも使えそうだ。初めに出てくる「情報を集めることで却って自分の考えを変えないようになる」というのは人は自分に都合のいい情報を集め、都合の悪い情報を無視しがちなので、情報を増やせば増やすほど考えが固くなるということ。常識的にもわかるが、本書は心理学の実験を引き合いに出してそうした説明をしている。それも、ユーモアを交えて(ユーモアを交えるのは説得力強化に良いらしい)。

最後の章はまさに脳の研究者ならではで面白い。

1.事実で人を説得できるか?

事実や論理は人の考え方を変える最強のツールではない。人は自分の先入観に一致するデータや受け入れるが、反対のデータは冷ややかに見る。自分の意見を否定する情報を与えられると反論を思いつきさらに頑なになる。自分の意見を裏付けるデータばかり集めることを確証バイアスという。

自分が決断(選択)したあと、新しいデータを得る。それが決断を補強するなら進んで受け入れる。決断となじまないなら無視する。脳活動の反応のレベルで起きる。

対策は、新しい種をまく(別の観点のメリットを訴求する)。反論せず共通の動機を探す。

2.ルナティックな計画を承認させるには

力強い演説を聞いているとき、脳波が同期する。映画の中で感情を掻き立てられるシーンで視聴者の脳が同期する。聞き手の感情を誘発すると理解の助けになる。脳は感情を素早く伝達する。自分の感情、ストレス、不機嫌など、は相手を動かす。アイデアを伝える一番良い方法は感情を共有することだ。

3.快楽で動かし、恐怖で凍り付かせる

手洗い順守率を高める方法として、電光掲示板に手洗い率をリアルタイムで表示する方法が大きな効果を生んだ。肯定的なフィードバックで意欲を持たせる。手洗いしないと病気が伝染するという脅しよりも、取るに足らない肯定的なフィードバックが効果がある。

クラウドファンディングではポジティブな結果を見せる方が成功率が高い。笑った顔の方が資金提供を受けやすい。

 恐怖は人を凍り付かせる。

マシュマロテスト:二つ目のマシュマロを待てるかどうか? 待てることは自制心・信頼・楽観性を示す。また、未来が不確かだと考えると待てない。指示が信用できないと待てない。

4.権限を与えて人を動かす

コントロール(主体性)を失うことに抵抗する。影響を与えようと思えばコントロールを与えると良い。

税金の使い道について意見を述べるだけで、税金の抜け穴を利用しようという人は減る。

株式投資は専門家に任せる方が成績が上がるが、自分で銘柄を選びたい人は多い。

老人ホームでも自分でコントロールしていると感じる人はより健康で幸せになる。コントロールしていることを思い出せる必要がある。

5.相手が本当に知りたがっていること

大事なことであっても、相手がそれを知りたがっていると仮定してはいけない。例えば、航空会社の機内安全ビデオは誰も関心をもたない。どうやって見てもらうか。

出来事に関する事前の情報は誰もが、サルさえも、欲しがる。知識のギャップを思い出させるメッセージは効果がある。

 乳がんハンチントン病など検査を受けることを望まない人が多い。知らずに生きていきたいという。知識の大小は信じたいことを信じる選択肢を失うこと。

情報チャンネルでは電気ショックの前に警報が出る、警報がでたらスイッチを押せば避けれらる。しかし、情報チャンネルではなく音楽チャンネルを選ぶ人も25%いる。音楽チャンネルを選んだ人の方が不安感は大きい。

発信する情報を、相手に希望をもたらすようにメッセージを構成する。

6.ストレスは判断にどんな影響を与えるか?

9.11の4日後、たった一人の人間がパニック状態で走り出したら、50人ほどが一緒に走り出した。テロ攻撃後の緊張状態が生み出した異常行動である。

集団ヒステリーはストレスの多い困難な状況下で起きる。

ストレスがあるとネガティブな情報を受け入れやすくなる。この結果、過度に保守的になる。一旦脅威を感じると起こりうる悪い面ばかり考えるようになる。その結果、うまくいく可能性・リスクを取れなくなる。

 7.赤ちゃんはスマホがお好き

生まれた時から周囲の影響を受けている。両親がスマホを見ているので赤ちゃんもスマホが好きになる。他人は、意識はしてなくても、あなたの行動を模倣する。

人間の脳は他人から学ぶように設計されており、SNSの評価の影響は大きいが、正しいのかどうか?

 8.「みんなの意見」は本当にすごい?

マーロン・ジェイムズ(ジャマイカの作家)のデビュー作は78回拒絶された。『ハリー・ポッターと賢者の石』は12人の編集者に拒絶された。

多いほど正しくなるのは、独立した評価を重ねた場合である。最初のデータがどんなものでも、十分な人数に伝わった後では同じものになる。無意識に集団のバイアスがかかる。多数意見の平均化は誤る可能性が大きい。「びっくりするほどの人気」という考えが有効だ。

 9.影響力の未来

人間の思考でラットのしっぽを動かせる。BCI(ブレーン・コンピュータ・インターフェイス)がうまく行っている例もある。

他人の脳活動を変えられるか?