新型コロナウィルスCOVID-19と戦うための情報システムの必要性について

まえがき

新型コロナウィルス(COVID-19)の日本の市中での新規感染者数は、2月中旬から急に増え始めたが、3月中旬になって頭打ちになり、3月21日には少し減り始めている。

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図1 厚労省が毎日報告しているデータ[1]より、市中感染者(有症状)の過去14日間の新規発生者数をグラフ化

 

自分としては、この図を作りながら、日本ではもうすぐ新規の市中感染者数は収束するだろうと期待して楽観していた。しかし、イタリアを始めとする欧州各国、および米国の状況を見ると、どうやら欧米諸国での事態は容易ならざる状況になっている。英国ではジョンソン首相が集団免疫に頼る戦略を発表し、それだと集団免疫を得るまでに死者が27万人になるという予測が出て、大きな批判を浴びて撤回するという事件があった[2]。

そこでいろいろ調べてみたところ、どうやら日本は世界の中でかなり特殊なようだ。現在はぎりぎりの瀬戸際で踏みとどまっている状況であり、一つ間違えると「経済か・命か」という選択が必要な事態となるかもしれない。こうした状況を踏まえ、ここで簡単に問題を整理して、次に、どうしたら良いかを考えてみたい。

COVID-19の感染性:基本再生産数(R0)と感染速度

ある感染症に対して、誰も免疫をもたない集団に初めて感染症を持ち込んだ一人の感染者が感染力を失うまでに何人に感染させるかを指数としたものがR0である[3]。COVID-19のR0はWHOのサイトでは予備的に1.4-2.5とされている[4]。R0が1より小さければ自然に収束するが、1より大きければ、何も対策しないと感染者数は集団免疫ができるまで増えていくことになる。

問題は増えていくスピードである。このあたりまで踏み込んだ解説は少ないが、北大の西浦教授のグループの論文によると、ある感染者の発症から、その感染者から感染した2次感染者が発症するまでの期間の中央値は4日とされており、この日数はCOVID-19の潜伏期間とほぼ同じか少し短いようだ[5]。このことはCOVID-19は感染して潜伏期間中・未発症のときにも感染することを意味する。このため、感染して発症した人だけを隔離しても感染を防止できない。

諸外国のCOVID-19感染防止策

普通に考えるとR0を操作して感染を拡大を防ぐことになる。以下、[3]より引用である。

R0 = β×k×D 

βは、一回の接触あたりの感染確率、

kは、ある時間あたりに1人の人間が集団内で平均何回の接触をするかを係数、

Dは、感染症ごとに推定されている感染期間(kと同じ時間単位で測定)を表します。

βの感染確率は、感染症および接触の種類によって異なりますが、マスク着用、手洗いといった公衆衛生学的対策により、βを低下させることができます。

kについては、人々が接触する回数が減れば、減らすことが可能です。

中国では1月23日に武漢を封鎖(ロックダウン)し、武漢以外でも外出禁止などの措置をとったようだが、これは強制的に接触回数(k)をゼロに抑え込むことに相当する。現在、欧米でも同じようにロックダウンを選択する地域が増えている。都市封鎖だけでは都市内の感染を防止できないため、ロックダウンと同時に外出などの活動も厳しく制限することになる。これは効くかもしれないが、劇薬であり、経済活動がほぼ完全に停止する。長期間に及べば破産する企業や個人が続出するだろう。従ってロックダウンは最後の手段である。

シンガポール、香港、台湾でも別の厳しい感染防止策を講じたようだが、詳細は知らない。

日本でのCOVID-19感染防止策

日本国内の状況経過

日本は1月15日に初の感染者が確定した[6]。この方は武漢からの帰国者である。その後、しばらくの間、COVID-19については政府のチャーター便による帰国者とダイアモンドプリンセスの乗客・乗員の感染者の話題が中心で、国内の市中では観光業界に感染者が現れたぐらいであった。

中国政府が武漢を封鎖したのは1月23日であり、海外への団体旅行は27日から停止された。武漢で新型コロナウィルスが広がり始めたのは2019年の12月以降である。武漢国際空港の月間利用者のうち、東京と大阪へ向かう人数は、2019年の月間平均7905人となっている([8] 表2)。従って、もしこの中に感染者が1%いたとすると、1月に武漢から来日した人の中に感染者が70人程度いたという計算になる。但し、その多くは団体旅行客だろう。しかし、仮に半分の35人が市中を自由に移動したとして1ヵ月あれば最大で7次感染までになる。R0が2ならば6次感染者までで2,000人を超えるはずである。しかし、2月中旬まで日本で報告される市中感染者数はそれほど増えていなかった。このことはR0がかなり小さいことを予想させる。2月中旬から国内市中での感染報告が目立つようになり、3月中旬には毎日50名程度の感染者が報告されるに至った。

政府・自治体の対応

政府は1月30日から新型コロナウイルス感染症対策本部を設置し、随時会議を行っていたが、2月14日には「専門家会議」の設置を決定しており、その後、25日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針が決定された[9]。 また、厚労省にはクラスター対策班が設置されている。

2月のCOVID-19の感染報告数は都道府県別にかなり差異があり、都道府県別でみると北海道が最も多かった。北海道の鈴木知事は2月28日夕方に「緊急事態宣言」を出し2月28日から3月19日までの3週間、週末の外出を控えるように要請した。

日本のCOVID-19 感染状況

日本のCOVID-19市中感染者数は3月21日で、無症状104名、発症者871名、症状確認中6名である(チャーター便帰国者を除く)。感染者数の増加スピードは欧米と比べて非常に緩やかである。これは日本では欧米に比べてR0がかなり小さいことを意味している。R0が小さいのは、欧米諸国と比較して日本ではマスクを着用する人の割合が多い、手洗いやアルコール除菌が普及している、キスや握手などで人同士の接触の習慣がない、などで感染確率(β)が小さいことが一つの理由と考えられる。また、政府や自治体の要請に従順に従って、外出やイベントを控えることで、接触回数(k)が低下したことも理由に挙げられる。

専門家会議は、より踏み込んで「密閉空間であり換気が悪い」「手の届く距離に大勢の人がいる」「近距離での会話や発声がある」という3つの条件が重なった場で、集団感染(クラスター)が発生するので、これを避けることを推奨している。この根拠は、クラスター対策班の成果として「多くの事例では新型コロナウイルス感染者は、周囲の人にほとんど感染させていないものの、一人の感染者から多くの人に感染が拡大したと疑われる事例が存在」が判明したことによる。

どうやらCOVID-19は、一定の条件がそろうと大勢に感染しクラスターができるが、そうでないと全く感染しないことが多い、という特異な感染パターンを持つようである。[10]。このような事実を発見できたことは幸運である。まれにクラスターが発生するときに一人で多数の感染者を生み出すので、そのようなクラスターの連鎖が起きないように、連鎖を断ち切ることを徹底することで感染の爆発を防ぐことができる。

今後の対応策を考える

COVID-19の感染を防止するために、中国政府や欧米の政府が取ろうとしているロックダウンは、地域の経済活動を完全に止めてしまうため経済的な劇薬である。これに対して、日本が取ろうしているクラスター連鎖を抑える対策はユニークであり、また経済・社会生活に与える影響も小さくて済む。

すでに全世界においてCOVID-19の感染広がってしまった以上、COVID-19がなくなることはしばらくの間期待できない。仮にロックダウンによってCOVID-19が一時的に見えなくなっても、ロックダウンを解除したらCOVID-19は必ず戻ってくると言われている。ロックダウンを長期間継続することは経済の崩壊を意味するので、ロックダウンはめったに行えない。そうすると、速くワクチンを完成させて集団免疫を獲得するまでの間、なんとかして感染者の爆発的な増加を防ぎ続けなければならない。

しかし、これに成功するには重大な懸念事項がある。

現在の日本の感染者の経過を見ると、感染してから症状確定するまで1~2週間に、あるいはもっと日数がかかっているようだ。つまり、3月20日に感染者として報告される人たちは、3月6日頃に感染した人たちということである。そして、この2週間の間に何が起きているか分からない。コロナウィルスの感染速度から考えると、2週間の間に取り返しのつかない感染爆発が起きてしまっても、それを把握できない可能性がある。感染爆発が起きれば、イタリアやニューヨークのようになるが、感染爆発が起きるかどうかは分からない。つまり、現状ではロシアンルーレットをしているのと同じ状態である。

ロシアンルーレットに勝つには、弾丸がどこにあるかを知れば良い。このためには、新しい情報システムを構築する必要があるだろう。データの可視化については、現在、オープンソースの可視化システムができており、例えば、北海道庁の対策の成果はだれでもビジュアルに確認できるようになっている[11]。これによって、北海道知事の緊急事態宣言が有効だったかどうかは、誰でも確認できるようになっているのは素晴らしい。

しかし、ここに表示されるデータは2週間ほど前の事実であることを忘れてはならない。このタイムラグを小さくして、措置の有効性を確認できるまでの期間を短くするには、データを収集するシステムを改善する必要があるだろう。

これ以外にも、まだいろいろなアイデアがあるだろう。新型コロナウィルスCOVID-19と戦うための情報システムの様々な提案と実装が望まれる。

 

[1] 報道発表一覧(新型コロナウイルス)厚労省

[2] 英首相の「降伏」演説と集団免疫にたよる英国コロナウイルス政策Yahoo! ニュース

[3] 感染症疫学の用語解説 日本疫学会

[4] Statement on the meeting of the International Health Regulations (2005) Emergency Committee regarding the outbreak of novel coronavirus (2019-nCoV)WHO

[5] Nishiura H et al. "Serial interval of novel coronavirus (COVID-19) infections", IJID, DOI: https://doi.org/10.1016/j.ijid.2020.02.060

[6] 新型コロナウイルスに関連した肺炎の患者の発生について(1例目)

[7]  Nowcasting and forecasting the potential domestic and international spread of the 2019-nCoV outbreak originating in Wuhan, China: a modelling study

[8] 武漢封鎖後に政府のチャーター便で帰国した人のPCR法での検査結果は、2月7日までで、566人検査したところ陽性9名(無症状保菌者3名、発症者6名)であった。感染者の比率は1.6%である。同じ頃の武漢からの旅行者の中に感染者が1%いたという仮定は実態とかけ離れてはいないだろう。(3/24数値訂正)

[9] 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針

[10]  問14 集団感染を防ぐためにはどうすればよいでしょうか?

[11] 道内の最新感染動向

全般資料

2019-nCoVについてのメモとリンク

コロナ接触を通知する日本版「接触確認アプリ」を作ったのは誰か?…「6割普及」への挑戦