『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(春名 幹男著、KADOKAWA、2020年10月30日発行)

本書は主に米国で公開された資料や日本の裁判記録などをもとに調査し、分析した書である。独自のインタビューもあるが、インタビューは、みな、かなりの年月を経てからの記憶に頼るインタビューなので結論の強化という印象を受ける。本書は米国資料を何度も読み込んで分析した点が特徴だろう。

ロッキード事件が発覚したのは1976年、すでに40数年経過しているがいまだに記憶に新しい。この間、多数の本が出版され、いろいろな謀略説が提示された。本書第1部ではロッキード事件の発覚から裁判の経過までを説明する。いくつかの陰謀説も検証する。まず、ロッキードからの資料がチャーチ小委に誤配されたという誤配陰謀説を否定する。また、田中に対する三木の怨念と田中追及の執念を描き、三木陰謀説を否定する。ロッキード事件の背景になるロッキード社の経営とニクソンの支援、日本への売り込みなどを検討し、ニクソンに嵌められたという陰謀説も否定する。第2部では資源開発に対する日本と米国の協力関係があったとして資源外交陰謀説も否定する。

ロッキード事件の登場人物は大勢いるが本書のキーパーソンはやはりキッシンジャーだろう。1972年8月31日ハワイにおけるニクソンと田中の米首脳会談に先立って、キッシンジャーが駐南ベトナム大使エルズワース・バンカーに語った言葉の解釈が本書の目玉といえる。それは田中角栄による訪中・日中正常化にたいするキッシンジャーの怒りを表すものだという。

ロッキード事件の国内における捜査は米国との協定に基づいて渡された資料だったが、その資料は国務省が内容を確認して、日本に渡しても日米安保体制を不安定化しないと判断したものだった。資料引き渡しで米国の外交がダメージを受けないという判断は裁判所ではできないので、国務省が助言するという枠組みはキッシンジャーのメモにより構築された。結果、田中角栄は逮捕され、児玉誉士夫と児玉ルートは罪を逃れた。実際には児玉に渡った資金の方が遥かに多いにも関わらず。さらに本書はキッシンジャーの性格なども分析したうえで、キッシンジャーが田中復権をなくすために資料を意図的に選択した可能性が高いとしている。

米国CIAの黒カバン作戦(現金を政治家、政党に渡す)で資金を得た巨悪たちは結局罪を逃れたというのが本書の最終章だ。しかし、残念ながら最終章は資料が乏しいので推測に基づく部分が多く、説得力を欠く。だからこそ罪を逃れたわけだが。

ロッキード事件について、4,5冊読んだけど本書が抜群だと思う。 それにしても米国の大統領の周辺にかかる資料管理・公開の姿勢はすごい。やはり過去の資料や歴史の検討は未来を考える上でも大切なのだ。