『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田有史編、慶應大学出版会、2017年4月発行)

なかなか素晴らしい企画だと思う。

第3章のバス運転手の例は、規制緩和の悲劇とも言える。路線バスや高速バスの規制緩和があったことで、事業者が増え、競争が厳しくなった。運賃が安くなることで利用者には良いが、しかし、事業者にとっては利益を上げにくくなり、結果的にそのしわ寄せが運転手の賃金の低下になっている、というのは分かりやすい。その結果として、大型バスの運転手になりたいという人が減ることで、運転手の労働時間の増加などとなっている。

特に、第4章の今も続いている就職氷河期の影響は実に面白い分析だ。就職氷河期に就職した世代の賃金は、それ以前に就職した世代と比べてかなり少なくなっている。特に男性の正社員の賃金に大きな影響がある。いろいろな原因が考えられるが、一つには大企業に就職できなかったので中小企業に就職したという話しは身につまされる。

第9章 家計調査等から探る賃金低迷の理由―企業負担の増大、では、60歳以上の世帯主の雇用が増えていること。60歳以上では賃金が相対的に低いので、全体として下押し効果があること。また、正規雇用に対して、非正規雇用が増えていて非正規雇用も相対的に賃金が低いことも同様である。
※家計調査の収入は、源泉徴収社会保険料は非消費支出になっており、これは増えている。

社会保険料については料率が高くなっており、雇用者が支払う社会保険料を加えると人件費は増えているということになる。国民経済計算では、雇用者報酬は2010年から2014年で3.3%増えており、そのうち1.37%が雇主の社会保険料負担、1.89%が賃金・俸給である。但し、雇用者数も非正規雇用が増えているので、一人あたりではそれぞれ1.3、1.04、0.22となる。

第11章では、65歳以上の非正規雇用の増大、就職氷河期世代=団塊ジュニアが給与が低く、その比率が多いことなどを指摘している。後半の分析は第4章と類似する。

第13章賃金表の変化から考える賃金が上がりにくい理由も面白い。昇給表、ペースアップ、定期昇給などの言葉を実際の賃金表と照らし合わせながら説明する。高度成長からバブルの崩壊までの時代の賃金表と、そのあとの行方の見えない時代=成果主義の時代に登場したゾーン別昇給表の紹介と、ゾーン別昇給表が賃金を一定の金額に修練させる効果をもつという指摘は面白い。

賃金表を労使の代表が忌憚なく話し合って決めるべき、という提案も良い。

第16章では、新卒者と退職者で賃金に差があり、退職者の人数の方が多いという論点も取り上げられている。

全体として大変参考になる本だ。