「遠い崖 ―アーネスト・サトウ日記抄」感想

3月下旬から読み始めて、7巻まで読んだ。実に面白い。

第3巻の英国策論あたりは1866年。薩長連盟対幕府に公平に付き合う英国パークス公使と、幕府に肩入れするステレオタイプなフランス公使ロッシュの対立を浮き彫りにしていた。

物語が次の巻へ進み、大政奉還から新政府の樹立に進むにつれて、豊富な情報を駆使して倒幕派とも情報交換しながら中立の立場ととったイギリスの外交が勝利し、幕府に取り入る策をとったフランス・ロッシュの外交が破綻するのが浮き彫りになる。

日本語を話すことのできる達人を教育・育成する体制を作ったイギリスと、日本語の達人を自前で確保しなかったフランスという体制の違いが大きな要因でもある。

6巻で大政奉還、7巻で新政府が大よそ北海道を除く支配を確立するところだが、国民が新政府を歓迎した様子がよくわかる。会津のように、過酷な武士の支配が行なわれていたところで、一揆が起きて、支配のための書類をすべて焼き捨てらられたという話も面白い。

個人的にはアーネスト・サトウよりもむしろパークス公使に興味を覚える。

日本側とイギリス関係者の会議で、キリスト教問題でパークスが激昂して木戸を罵り、「馬鹿野郎」と叫ぶ。サトウ日記によると木戸はそれ以後頑として口を開かなかったようだ。それに関連して、サトウの日誌にはパークス批判。翌日、ある元大名が、話合いの中で、やんわりと(きわめて上品に)パークスに一突きを返し、それをパークスは反省して、次の朝食に木戸を招待するくだりが面白い。パークスは情に厚い激情家だったのではないだろうか。人間味を感じる。サトウはちょっとクールすぎ。

一方、木戸の日記には、「パークス激論す」とあり、「日本の富国強兵を早く図って西欧列強と肩を並べたい・・・彼らは万国公法というが、往々にして強者が弱者に何事かを強いるために使っている」という感想を記している。

翌々日の朝食ついては、「過日パークス激論。今日はすこぶる穏便に政治を語らんとす」。木戸は冷静だ。

この時代には、条約問題、開市・開港問題、外国人殺傷事件などさまざまな問題が起こるたびに、外国列強が連合して、戦艦などの武力を背景に幕府・政府に対して圧力をかけているのが続いている。そうした事情が本書に細かく記載されているのだが、その中で、日本側の責任者の一人である木戸が富国強兵を望んだのはよくわかる、それが昭和の敗戦までつながったことになる。