『絶望を希望に変える経済学』(アビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ著、日本経済新聞出版、2020年4月17日発行)

移民問題が一番大きな問題。移民への反対は事実を教えても変わらない。人々が考える移民の経済学は次の通り:「世界が貧しい人であふれている。貧しい人は豊かな国を目指す。そして豊かな国の賃金を押し下げて、そこの住民の生活を苦しくする。」

しかし、これは間違っている。貧しい人は必ずしも豊かな国を目指すわけではない。また、移民が来た国の賃金が下がるという証拠もない。マリエル事例研究では、マイアミにキューバからの移民が突然来たが、賃金は下がらなかったという。全米科学アカデミーの報告では、移民が受け入れ国の住民全体の賃金に与える影響は極めて小さい。この理由は移民が需要を生み出すからである。また移民が機械化を遅らせたり、既存労働者の仕事の内容を変えるからである。また、現在の移民は厳格な障害を乗り越えるため優秀な人が多い。労働市場の仕組みは難しい。米国では高度な技術をもつ労働者は貧しい州から富裕な週に移住し、低技能労働者はその逆の傾向がある。この傾向のため、1990年代から、アメリカの労働市場は技能水準で2分化されるようになった。東海岸と西海岸は教育水準が高く、内陸部は教育水準が低い労働者が集まる。

現在の移民政策は、アイデンティティ・ポリティクスである。経済学的な議論に基づくものではない。

自由貿易。経済学者はリカードの理論でほぼ全員メリットがあると考える。しかし、一般人はそうは思わない人が多い。ストルバー・サミュエルソンの定理では、労働力と資本を必要とする財を貿易するとき、労働力に相対的に有利な国は、労働力を多く必要とする財に特化するのが有利である。この結果、労働力の豊富な国の賃金は上がり賃金格差が縮小する。資本を必要とする財に特化した国では労働者の賃金は下がる。しかし、GNPが増えるので、利益を再配分すれば全員が豊かになる。この理論は労働力というリソースが自由に移動することを想定する。しかし、そうではないので、貿易によって貧困な国の格差が広がることが多い。

1991年から2013年に米国はチャイナ・ショックに見舞われた。中国の躍進によって製造業が受けた影響は通勤圏によって異なる。打撃を受けた通勤圏では製造業の雇用が大幅に減少する。非製造業の雇用も増えない。むしろ伸びが低下する。しかし、人々は動かない。中国と競合する製品の製造クラスターを多く持つ町はゴーストタウンになる。クラスター崩壊の危険について認識せよ。貿易はかなり多くの負け組を生み出す。

移民への憎悪。トランプが大統領に当選してから移民への憎悪を口にすることに抵抗がなくなった。統計的差別とは、統計データに基づいた合理的判断から生じる差別。例はアメリカでは犯罪者の中で黒人とイスラム教徒の比率が高いので、イスラム教徒をみると犯罪者とみなしてしまう。バン・ザ・ボックス法は犯罪歴を尋ねることを禁止する。すると、バンザ・ボックス法施行後に白人応募者と黒人応募者の合格率が広がった。

米国では教育水準の低い中年白人男性の死亡率が前例のない上昇、平均年齢が下がっている。絶望死が原因。絶望に向かわない人は怒りを募らせる。不平等を勝者総取りが蔓延する社会では貧富の差が拡大する一方だ。米国は行き詰っている。成長信仰をやめて、新しい社会制度をつくるべきだ。残り99%の人たちが良き生活を取り戻すカギをみつける。

現金給付を受けたら人々は働かなくなるというデータは存在しない。福祉は怠け者を生まない。負の所得税(NIT)実験では、NITで労働時間の減少はそれほど大きくはない、とのこと。貧困国ではユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)は機能するが、富裕国では機能しない。米国のランド研究所の調査によると、米国でも仕事は自己のアイデンティティを確立するに重要な意味をもつと考えている人が多いようだ。つまり失業するとアイデンティティを失う。この場合UBIでは救済できない。デンマークフレキシキュリティは今人気がある。

経済は先進国でも貧困国でも硬直的である。移動を助ける必要がある。アメリカの住宅都市開発省は「機会への移住」プログラムを1994年に発足させた。抽選に当たって富裕な地域に移住した人たちは豊かになった。変えるには政策の力が重要である。

世のなかエビデンスのない、事実や実験の裏付けのない信仰がはびこっているようだ。本書には実験に基づき新しい社会政策を提案する。但し、話題が多すぎて頭に残りにくい。