『屈辱の数学史』(マット・パーカー著、山と渓谷社、2022年4月5日発行)

計算ミスによる失敗の例を集めて紹介する本である。本書の中でも触れられているが、特に科学や工学分野では失敗の原因を突き止めて対策を施すことで次の失敗をさけることができる。なので、失敗したことを認め、原因を明確にするのは大変重要である。

そういった意味で訳書のタイトルに違和感を覚える。原書のタイトルは「A Comedy of Math Errors」なのであまりシリアスに考えているわけでもなさそうだが。

一番面白いのはペプシコ社の1995年ペプシポイントを開始。その時のテレビCMに700万ポイントでジェット戦闘機「ハリアー」がもらえるという話を展開。マジメに受けとったジョン・レナードとの裁判の話。裁判所はこれをジョークと判定して、ジョークの面白さを判決文で説明した。人間は大きな数を把握するのが苦手な例。大きな数は時間に換算すると分かりやすい。マイナスの数字を把握するのも苦手。気温ー6度よりー8度の方が高いと判断する人が多い。

コンピュータの時間管理のエラーの話は多い。ボーイング787も発電機を制御するシステムのカウンターのオーバーフローが原因である。カレンダーの間違いでスポーツ選手がオリンピック会場に2週間も遅刻した例がある。暦の1年と地球の公転周期のずれをどう直すか、閏日の挿入方法で暦の歴史が語られる。

1970年からUNIX時間が使われるケースが多い。UNIX時間では2038年で32ビットカウンタオーバーフローする。

橋の共振による揺れはフィードバックループ、兵士が歩調を合わせて行進などで拡大する。ねじり不安定による事故や、フラッターの風による共振で崩壊した例もある。

データベース方データが消えるなぞ。Steve Nullという名前が消える。検索できない。

数値と数値でないもの。例えば電話番号の混同。数値は1/2でも意味があるが、電話番号を半分にすると意味がなくなる。2005年から2015年に発表されたゲノム関連の3597本の論文に、35175個の公開Excelファイルが添付されていたが、19.6%にExcelによる遺伝子名の処理の誤りが発見された。

european spreadsheet risks interest group

http://www.eusprig.org/

European Spreadsheet Risks Interest Group - spreadsheet risk management and solutions conference

Excelの計算では誤りが多い。

サッカーボールと標識:6角形のみで球面を覆えない。サッカーボールは白の六角形が20個と黒の五角形が12個ある。しかし、イギリスのサッカー場を示す道路標識は6角形のみで描かれている。

三角測量の基準点の間違いで、湖の底に穴をあけた話。

三日月の黒い部分に描かれた星のデザイン。ドアの掛金。ドアの開く方向のミス。内開きのドアに人が詰めかけると危険。アポロ1号のキャビンは内開きのハッチがあったが、自己の火災で開けなくなり、3人が死亡した。アポロ一号から三号は欠番。チャレンジャー爆発の原因のOリング。回れない歯車のデザイン。

数の数え方。0から? 1から?

スイスでは列車の車輪の数は256個よりすくなくなければならない。ゲームの画面のプログラム。放射線治療機「セラック25」のカウントエラー。チェック結果の値がゼロのとき電子線を出すが、ループの結果で0になって電子線が放射されて患者が死んだ。

確率の解釈。独立でない確率を掛け合わせるのは間違い。

2010年5月6日フラッシュクラッシュ。2010年9月30日公式報告書がある。

1992年から2001年までにS&P500企業のCEOの報酬中央値は290万ドル/年から930万ドル/年に上がった。その理由はストックオプション報酬の急増にある。ストックオプション価値の計算は1973年のブラックーショールズーマートン式で行うが、2006年にこの式でストックオプション価値を計算して公表することが義務付けられて、急増が止まった。

丸めの問題:1982年1月導入のFISE100は丸めのために、株価と乖離して1983年11月に524.811に下がった。株価が1日3000回変動する度に計算したインデックス値の小数点以下4桁を切り捨てたため。

1990年6月8日ジェット旅客機BAC1-11の保守点検でフロントガラスを取り外した際、ボルトの取り違えが置き、飛行中にフロントガラスが外れる。

1998年12月NASAのマーズクライメートオービターは単位の換算ミスの為失われる。

ギムリーグライダー。ボーイング767の燃料残量計算の単位変換ミスで、飛行中に燃料がゼロになり、空中滑降して閉鎖された軍の飛行場に着陸する。

本書には珍しいミスの例が大量に含まれている。1冊手元に置いてときどき見直すと良いのかもしれない。