『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(小泉 悠著、東京堂出版、2022年4月25日9版)

ロシアにおける主権に対する考え方は、国境を越えても外部迄及ぶもの。

ロシアにおける国民とは、民族的なロシア人(スラブの兄弟であるウクライナ人、ベラルーシ人)のこと。

秩序観は、ロシア人の住むところには、ロシアの主権が及ぶというもので、これが政治的・軍事的介入の根拠となる。

ロシア連邦は194の民族が存在し、ロシア人を自認するのは78%弱。ソ連崩壊後、多様な民族・文化・宗教がなぜロシアという国家の下にあるかを説明する原理が見つからなかった。ソ連崩壊で民族の分布と境界線が一致しなくなった。ロシアでは地政学アイデンティティが類似問題となる。ロシア的なものをロシアとする? プーチンは、旧ソ連圏で生起する事象になつぃてロシアが強い影響力を発揮できる地位をもつべき、とする大国志向の筆頭(トールによる)。

シリアを除けば、ロシアの介入は旧ソ連圏に集中する。旧ソ連外に対しては、古典的国家主権的秩序で振舞う。人道的理由に基づいて国家主権が制限されるとする保護する責任論には反発する。ところが、旧ソ連圏内では真逆になる。旧ソ連諸国な半ばロシアの国内として扱われる。プーチンはドイツは主権国家ではないと発言した。軍事同盟に頼る国は同盟の盟主に対して弱い立場となり、完全な意味での主権を発揮できないという。プーチンのいう主権国家は世界に沢山はない。少数の主権国家が勢力圏を従えて併存する大国間強調だろう。パワーに基づく秩序観。

2008年のグルジアーロシア戦争の結果、グルジアは20%が占領されている。200年代前半は米ロ関係は良好。後半、悪化する。西側の傲慢に対するプーチンの憤り。

バルト3国。18世紀にロシア帝国編入され、ロシア革命後の1918年に独立を宣言、1920年ソ連から独立承認を得る。1939年独ソ秘密合意でソ連はバルト3国に侵入し、ソ連に併合。ドイツ軍の占領後、再びソ連編入された。1989年主権宣言、ソ連崩壊の契機となる。2004年NATOEUに加盟する。エストニアとラトヴィアにはロシア人が1/4程いる。ソ連末期以降、エスノクラシー政策を採用。エストニア語とラトヴィア語を話さないロシア人には国籍を付与しない。

ウクライナは、ロシア側からするとほとんど我々。しかし、ウクライナ経済はロシア産天然ガスなくして成り立たない。ウクライナソ連との関係を悪化させず、西側との関係を深化させようとしてきた。2004年、ロシアは、新ロシア波のヤヌコーヴィッチ首相を支援し、選挙に干渉した。これは不正選挙とされてやり直し(オレンジ革命)。

2012年プーチンのユーラシア経済連合(EEU)構想。

2005年第5次EU拡大でバルト3国と旧東欧諸国がEUに加盟した。EU旧ソ連ベラルーシウクライナモルドヴァと国境を接することとなり、2009年より東方パートナーシップをスタートする。ロシアと欧州へのつながりを保つ方法は困難となる。

EUとの連携ができなくなってウクライナのリベラル派が失望して、2013年11月21日抗議行動。ユーロマイダン。ヤヌコーヴィッチ大統領は逃亡する。ヤヌコーヴィッチ政権は崩壊。2月27日クリミア侵攻が始まる。3月16日住民投票、クリミア共和国となり、ロシア連邦に併合された。演説を聞くと、ウクライナはロシアの一部であるという前提で考えているようだ。

ドンパスでも独立を主張する現地住民が行政機関の占拠を試みる。当初はウクライナ軍が武装勢力を排除したが、その後ロシア軍義勇兵が展開する。ドンパス紛争となる。

中東シリアへの介入は例外的。

北方領土

北極海