『最悪の予感 パンディックとの戦い』(マイケル・ルイス著、早川書房、2021年7月15日発行)

アメリカの新型コロナウィルスへの対処についての物語である。いくつかのストーリー、あるいはケーススタディと言っても良いが、を連ねて描いているためどの程度の代表性があるのかが分かりにくいという点が気になる。それを割り引いてもが、アメリカが新型コロナウィルス感染症の対策に失敗した構図がある程度は理解できたような気がする。要するに、アメリカ人の中には非常に優秀な人がいて、先を見越した計画書を作ることができていたのかもしれないし、それを実行できれば効果があったのかもしれないが、結果的には対応策を組織的に実行できていなかったということだ。

本書ではカリフォルニア州のチャリティ・ディーンという女性、最初はサンタバーバラ郡の副保健衛生官、最後はカリフォルニア州の保健衛生局のナンバー2になった人物に関するルポが本書の物語の一つの筋である。保健衛生局のナンバー1である上司が新型コロナウィルスに対してまったく無能であったにも関わらず、組織的な体面上表に立って活動しにくかったようだ。結局は官僚的組織では緊急事態をのりきれないということなのだろうが。

本書を読んで意外だったのはCDCへの評価が非常に低いことだ。結局、論文をつくるためにデータを集めているにすぎないとまで書かれていてパンデミック対策にはまったく無力だったという印象を受ける。本書では、1976年の豚インフルエンザへの対応の失敗が原因とされている。2月に発生したインフルエンザが秋に再流行する危険に備えるため、ワクチンを準備し、広く国民に備えるべきという報告書を提出、それがフォード大統領に採用されて実行に移された。接種プログラムを開始した後、何人かの死亡例が現れ、その上、豚インフルエンザは消えてしまった。フォード政権からカーター政権となり、その報告書作成時の所長であったデビッド・センサーは解任された。それ以前は、CDCはホワイトハウスの政権からの独立性を保っていたが、その事件の後は、CDCが政権からの独立性を保つのが難しくなったという。

なんにしても、パンデミックのような不確実性を伴う事象で、かつ、素早い対処が必要な案件に、正しい判断を下すは非常に困難なうえ、その判断の結果責任を取らせる、というようなことを行えば、普通の人は萎縮してしまって身動きが取れなくなってしまう。

本書の登場人物は、普通でない有能な人が多いようだが、しかし彼らが政府の仕組みの中でほとんど力を発揮できなかったという事実は重要だ。