『ラストエンペラー習近平』(エドワード・ルトワック著、文春新書、2021年7月20日発行)

さすがに戦略家というだけあって着眼点・分析力がなかなかスゴイ。

中国では、共産党が国家を領導するので、共産党中央委員会総書記が国家主席より上位である。総書記は7人の中央政治局常務委員から選ばれるが、国民による投票は行われないので国民の信任が得られているわけではない。

習近平

習は2012年総書記になり「八項規定」という贅沢禁止令を掲げた。5年間で153万7千人の汚職幹部を追放した。2018年3月2期10年までとしてきた国家主席の任期を撤廃した。

2017年新時代の中国の特色ある社会主義思想=習近平思想を打ち出す。皇帝になろうとしている。

中国の対外政策は不安定。1.0で平和的台頭、2.0で対外強硬路線、3.0で選択的攻撃、4.0は戦狼外交。その理由は意思決定者が限られるからである。判断ミスを実行してしまう可能性もある。

チャイナ2.0で周辺国に反中国ネットワークができた。大国が強硬姿勢を示すと小国・周辺国は同盟して多国間交渉に持ち込もうとする。「大国は小国に勝てない」というパラドックスがある。2国間で戦うわけではないからだ。例えば、ヨーロッパを席巻したナポレオンに対するイギリスの同盟戦略を見よ。

2020年チャイナ4.0で同時多発衝突。2月にスウェーデンと、6月インドと、ベトナム、オーストラリアには地政学的恫喝を行った。香港国家安全維持法では香港域外にも適用する。海警法は国際社会のルール無視。この結果、世界的な反中国ネットワークができた。ヨーロッパも参戦へ。クアッド4の演習にフランス海軍も参加。イギリスはクイーン・エリザベス空母を極東に派遣した。

シーパワーは海軍力=艦船の数など国の内部で完結する。マリタイムパワーは海洋力で上位概念であり他の国との関係性で決まる。

米中の戦いは軍事ではなくて、経済とテクノロジーの領域にある。中国は革新的な技術を生み出せないが、それはチームワークができないからである。また、経営者の自由と安全がない。新型コロナウィルスを広めてしまったのは中国の政治的判断による。中国は中国国家情報法で国家的スパイ活動を行っている。

台湾有事に日本はどうするか? 冷戦時、フィンランドの隠れた同盟国スウェーデンの行ったことを学ぶといい。しかし、台湾には自分たちで自分を守ろうとする気概がないようなのは残念だ。

習近平は破壊的な人格で、世界にとって有害である。つまづかせて政権から引き下ろす必要がある。

軍事テクノロジーの逆説

歴史の流れを変えた兵器はなかなか採用されなかった。例:機関銃。1904年日露戦争で登場したマキシム機関銃。しかし、第一次大戦までなかなか採用されなかった。第一次大戦で登場した戦車は陸軍ではなく海軍である。タンクという名の由来。M16ライフルは開発当初は米陸軍に拒否され、空軍の警備隊が1961年採用した。陸軍の採用は1963年。2020年9月ナゴルノ・カラバス紛争ではアゼルバイジャンイスラエル製ドローンでアルメニアの戦車を攻撃した。現在のアメリカはまだ大量の航空機を製造している。現代では水上艦は潜水艦のミサイルに対抗できず、無用の長物になりつつある。ドローンとAIが現在の新しい軍事技術だ。

F35はステルス性に特徴があるが、現在、航空機の選択肢としてF35しかないのは危機的だ。F35は限界を過ぎてもう衰退する技術なのだ。航空機の世界で本物のイノベーションは全周囲視界のヘルメット搭載型ディスプレーである。これを使わないと空中戦に勝てない。

戦略のパラドックス

ビジネスの世界ではルールがあるが、戦略の世界ではルールがない。戦略は究極的には国家の生存と係るのでどんな手段でもありうる。アングロサクソンはこれがうまい。ルールによるビジネス⇒うまくいかないと、ルール無視の暴力⇒諭しながら攻撃する。

基本原則は、①組織は独立した状態を維持したいと考える、②他のあらゆる組織も同じように考える。①と②が組み合わさって戦略のロジックが恐ろしく複雑になる。

「道に落ちていた木を拾おうとしたら、それは蛇だった。」という寓話は深い。拾おうとするものが木なら意思をもたないので問題ないが、蛇だと意思があるので危険である。真珠湾攻撃ではアメリカを木だと認識して作戦を立てた。たしかに、その時は木であったが、アメリカはすぐに蛇になって攻撃してきた。サプライズで蛇が寝ているところを抑えてしまう、という作戦は成り立つ。

直線の最短ルートには敵が待っている。戦略の世界に直線はない。勝利が敗北の原因になる。

戦争は平和への最短プロセスである。また平和が戦争の原因になる。