『世界インフレの謎 そして、日本だけが直面する危機とは?』(渡辺 努著、講談社現代新書、2022年10月20日発行)

2008年のリーマンショックを契機として不況が発生し、世界が低インフレとなった。グローバリゼーション、少子高齢化、技術革新の頭打ちが要因として挙げられている。

ウクライナ侵攻前の2021年から高インフレが始まっている。戦争が主な原因ではない。2022年夏時点で米欧のインフレ率は前年比8~9%。うち、戦争に起因する部分は1.5%程度である。2022年のインフレ率予想は2021年春頃からどんどん高まってきた。各国の中央銀行は、当初、この物価上昇は一時的であるとしてきた。しかし、インフレは一過性ではないと認めざるを得なくなり、BOEが先陣を切って2021年12月に利上げを開始した。

パンデミックによるサプライチェーンの分断、商品の品薄、価格高騰が起きた。さらにパンデミックが落ち着いてきてからインフレが進んでいる。パンデミックとインフレにはタイムラグがある。2020年から21年にかけて、COVID-19による巣ごもりがあったが、感染状況が落ち着いても経済はもとに戻っていない。パンデミックの前後で、資本、労働、技術はそれほど変化していないのに、なぜか?

生産が回復していない。人々の経済行動が同期して変化した。同期がうねりとなっている。「巣ごもりが終われば経済は元どおりになる」は経済学者が信じたがっていることに過ぎない。人々の行動が変容した。

日本を除く世界の中央銀行は前のめりの金融引き締めを行っている。しかし、インフレを予想していなかったし、フィリップス曲線が役に立たなくなってしまったため、自信をもって引き締めを行っているわけではない。2021年4月以降のインフレと失業率の関係は従来とは全く変わっている。このためインフレの読みができない。利上げが泥縄式の対応になっている。

パンデミックは2020年のGDPの減少をもたらした。日本は-5.9%。米国は6.36%。主にサービス消費に影響大。その度合いは政府の介入の強さ、死亡率にはあまり関係ない。恐怖の伝搬が原因だろう。日米ともに人々は外出を半減したが、政府の介入の影響はそれほど大きくない。恐怖心が主な原因だろう。

米国2020年1月のインフレ予想は2%、パンデミックが始まって低下したが、2021年から米国ではインフレ予想となり、12月末では3%となる。大離職がその背景にある。2022年はパンデミック後遺症としてのインフレになっている。

パンデミックを境に、世界経済は低インフレ下の需要不足モードから供給不足モードに変化した。需要が強すぎるのか、供給が少なすぎるのか? 今回のインフレは供給が少なすぎるためだろう。これは利上げでは解決できない。利上げで需要を落とすのは、縮小均衡に向かうので好ましくない。供給不足に起因するインフレ対処には中央銀行の出番はない。

1971年の金とドルの交換停止(ニクソンショック)で、ノミナルアンカーがなくなり1970代はインフレの時代となった。1979年ボルカーの利上げでインフレが収まった。その後はインフレターゲティングで物価を制御するようになった。5年後のインフレ予想は2022年でも2.5%にとどまる。しかし、現実にはインフレが起きている。供給サイドが原因で起きるインフレは現在の物価理論の盲点である。

米国ではサービス経済化が、反転している。ものの消費が増えた。ものの価格は上がったが、サービス価格が硬直的なため。

工場の操業停止で自動車が作れない、物流の停滞などの供給網の機能不全を経験して、脱グローバル化が始まっている。2008年を境に世界貿易のGDP比の伸びが止まった。グローバリゼーションはインフレ率低下の大きな要因だったが、これからは多少高くなっても近くで作るようになる。これはインフレ率上昇要因となる。

現在の世界のインフレは、新たな価格体系への移行の途中で起きているのではないか?

日本はもっと複雑。海外からの輸入物品によるインフレの波=急性インフレと、慢性デフレが同時進行する状態となった。物価は上がるのに賃金が上がらないという最悪の状態となる瀬戸際に立っている。