『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(廣瀬 陽子著、講談社現代新書、2021年2月20日発行)

本書はハイブリッド戦争を外交政治面で位置付けることを目的とする。ハイブリッド戦争は2013年11月のウクライナ危機でロシアが使って注目を集めた。

武力対決以外に、政治、経済、プロパガンダ、心理戦、テロのようは非対称戦争、サイバー戦、民間軍事会社(PMC)などを組み合わせる。低コストで大きな効果が得られる。

2020年10月19日英外務省は、ロシアの情報機関ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)が、東京オリンピックパラリンピックを狙う目的のサーバー攻撃を行っていたことを発表した(p.11)。

近年のロシア外交は領土拡大を目指しておらず、相手国への精神的ダメージや同盟関係への打撃に重点を置いているようだ。

本書で取り上げているのは、ロシアが中心になって行うハイブリッド戦争であるが、対象は、北極圏、中南米、中東、アジアからアフリカまで広範囲にわたる。

『地球に月が2つあったころ』(エリック・アスフォーク著、柏書房、2021年1月8日発行)

タイトルからは地球に月が2つあったころの話をしていると思われるのだが、本文を読んでも、そのような内容の記述が出てこないのだが。読み方が悪いのだろうか?

地球にティアという隕石が衝突してはじきさされた塊が月になったという巨大衝突説が数回語られているが、それもなかなか明確には分かりにくい。

著者の話があっちこっちに飛んでいくので極めて理解しにくい。文脈の進め方という点では、悪書というべき。

『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川 毅著、岩波科学ライブラリー、2015年9月9日発行)

福井県水月湖の固定堆積物は75メートルにわたり、ボーリングで取得したコアには縞模様がある。縞模様は1枚が1ミリ程度の薄い地層で、1枚が1年にあたる。これを年縞というが、45メートル、時間にして約7万年分になる。綺麗な年縞ができる湖は、世界中でも他にはほとんどない。

この年縞が初めて採取されたのは1993年、SG93と呼ばれる。北川浩之はSG93を用いて、炭素14年代キャリブレーションを研究した。これは植物の死骸に残存する放射性元素である炭素14の残存量を用いて年代を測定する方法で5万年前まで遡れる。1940年代後半から50年代初頭にシカゴ大学のリビーによって確立された。しかし、元々の量が年代で均質であるという前提があるため、キャリブレーションが必要である。一番確実なのは樹木の年輪を数えて、その中の炭素14を数えてキャリブレーションする方法である。しかし、樹木では1万数千年までしか遡れない。北川はこれに目を付け、SG93でキャリブレーションすることを目論見た。4万枚の年縞を数え、そこに含まれる葉の炭素14を測定する。1998年2月20日サイエンス誌に結果を発表。大きな注目を浴びるがキャリブレーションの標準に採用されなかった。そのときはカリコア海盆のデータが採用された。

SG93の素材としての質、年縞の数え方の問題を解決しようとしたのが、著者のグループである。素材の質とは、コアの接続の部分で失われる未回収部分。数え方は一人の研究者のみに依存したという問題である。

素材の質については、異なる接続場所をもつコアを複数の場所で採取して失われる場所をなくすという方法で解決。2006年8月11日最終的にSG06を得た。数え方については、ドイツとイギリスの研究者で複数の方法で数えていくという方法で解決を図った。葉っぱの抽出は困難で数が増やせなかったが、北川のデータを統合して数を増やした。

残りの問題として縞を数える方法は誤差が累積することがある。これを解決するために、鍾乳石データを用いてベイズ統計モデルで検証した。2012年3月に年代目盛が完成し、SG06yrBPと名付けられた。2012年6月28日のサイエンス誌に論文を発表。7月6日のIntCalグループの会議で水月湖データの採用が決まった。7月12日の世界放射性炭素会議で発表され、総会で水月湖データを中心にIntCalを更新することが支持された。

『地図づくりの現在形 地球を測り、図を描く』(宇根 寛著、講談社選書メチエ、2021年1月8日発行)

地図の作り方はアナログ測量から、デジタル、航空・衛星、通信を活用した測量へと根本的に変化している。デジタル化は、飛行機による写真やレーザ計測、衛星からのGNSS(Global Navigation Satellite System)による電波測量をコンピュータで処理している。GNSSの単独測位での精度は10m程度。2台の受信機を使う相対測位ではもっと精度を上げられる。日本が打ち上げた「みちびき」衛星は2020年現在3機が準天頂軌道、1機が静止軌道にあり、単独測位でも数cmの精度を出せる。

電子基準点が全国に1300ほど設置されている。電子基準点の動きを調べれば、日本列島の移動もわかる。東北地方太平洋沖地震の前は東日本は太平洋プレートで東から西に押し付けられて、年間3cm東西に縮んでいた。地震でその歪が解消される方法に動いた。宮城県牡鹿半島電子基準点は東南東に5.3m移動、1.2m沈下した。地震後も移動しており、9年間で1m以上移動した基準点もある。

国土地理院が提供する日本の地図も印刷物の頒布からデジタルとWebによる閲覧方式へと根本的に変わった。国土基本地図は、従来4000枚余りの25000分の1地形図であったが、2009年(平成21年)から全国をシームレスにつなげた電子国土基本図に変更された。これは都市計画区域は2500分の1の都市計画基図をもとに、他は25000分の1地形図をデジタル化したもので構成される。

国土地理院は、2003年に電子国土Webシステムを公開した。2013年に地理院地図に名称を変更。地図タイル方式をとっている。タイルの大きさは256×256ピクセル。ズームレベル毎に表示される情報の詳しさが変わる。また、2019年よりベクトルデータ(地理院地図Vector)で構成された地理院タイルのサービスを開始した。

『日本人のための第一次世界大戦』(板谷敏彦著、角川ソフィア文庫、2020年11月25日)

第一次世界大戦を軍事技術、経済、および日本の果たした役割といった視点を加味して説明した良書だ。

軍事技術についていえば、銃砲、軍艦、潜水艦、戦車、飛行機の進化などが第一次大戦を機に発展したことがよく分かる。第一次世界大戦はどちらかというと地上戦であっただろうが、戦争が国家総力戦になるに従い、シーレーン防衛の重要さも浮き彫りになっている。例えば、ドイツが採用して当初成果をあげたUボートによる通商破壊戦は、商船隊を護送船団とすることで効果が薄れたなどという説明も面白い。

このほか、日本が地中海に海軍を派遣して戦ったという事実も興味深いところだ。

本書は第一次世界大戦を日本人向けに分かりやすく説明するという著者の狙い通りの出来になっている。

『新型コロナからいのちを守れ! 理論疫学者・西浦博の挑戦』(西浦博・聞き手川端裕人、中央公論新社、2020年12月10日発行)

2020年の新型コロナウィルス感染症の第一波での厚生労働省クラスター対策班で活躍した北大の西浦先生の活動体験を聞き語りでまとめた本である。

生々しいというか、細部の活動の話、生々しい話が多すぎて本質が見えにくくなっている気もするが、同時代に起きたことを知るという点だけでも一読の価値はある。

感染者数を抑え込むには、強力な行動抑制をすれば良いが、そのようなことをすれば経済活動がなりたたなくなってしまって、社会的な損失がより大きくなる可能性もある。それ以前に、日本では強力な行動抑制を強制できないという制約もあるが、これは政治的な話だ。

結局感染者数の抑制は人間行動の変容にかかっているのだが、どこの部分をどのように抑制したら、流行を押させるうえで、一番効率的かということは研究がまだ十分ではないようにも思える。

『明智光秀 織田政権の司令塔』(福島 克彦著、中公新書、2020年12月25日発行)

明智光秀の事業について新しく判明した文書などに基づいて丹念に説明している好著。

血なまぐさい戦いのことはあまり具体的に触れていない。むしろ坂本城の構築、京都での代官政務、丹波攻略、丹後・細川藤孝との関係、連歌師、などとの関係など、実務家的な側面を注視しているようだ。

それにしても、本書の主な記述対象とする歴史の期間は1568年の信長・足利義昭の上洛から1582年の本能寺の変までたったの14年間である。光秀は義昭上洛に従って京都に入り、1569年正月に三好三人衆が義昭の御座所であった本圀寺を攻撃したときにそれを防衛した一人として初めて登場する。

そして、織田信長に使えるようになり本能寺の変にいたる。このような短期間で日本史に残る展開があったということに改めて驚く。この頃の時代の人たちの方が濃密な時を過ごしていたのは確かだ。日本経済失われた20年などという言葉が、いかに虚ろなものか、と思わずにはいられない。